戊辰戦争が終わって、明治維新。そして廃藩置県。いつ頃から歌われていたのかは知らないが「秋田県民歌」が県民の誇りとして歌い継がれた。その歌詞は、
篤胤信淵 巨人の訓
久遠にかがやく北斗と高く
錦旗を護りし戊辰の栄は
矢留の城頭 花とぞ薫る
歴史はかぐわし 誉れの秋田
秋田藩は一度は奥列藩同盟に参加するが途中離脱を決断、その翻意を促すために仙台藩の使者が秋田藩を訪れるがこれを殺害、城下に晒し首とした。秋田戦争は会津藩の降伏によって終わるが、秋田藩は官軍として栄えある維新の勝者としてその名を連ねることになった。この歌は、これを誉れとし、誇りとして歌った歌だろう。よって秋田は東北の裏切り者と呼ばれる。この歴史を金足農のピッチャー吉田君は知ってか知らずか、東北の応援をバックに勝ちますと。
しかし、結果は初回に自ら墓穴を掘るワイルドピッチで1点、後はなし崩しに11点を取られて降板。神様は、仙台育英には大阪桐蔭の春夏連覇の偉業を止める快挙を許したが金足農にはノー。その偉業は仙台育英か福島の聖光学院に譲れという事なんだろうなと。歴史にたらればは無いだろうが、秋田藩が離脱をしていなければ戦局は大きく変わって東北にこそ錦の御旗がたなびいて、東北の時代が150年続いて戦争の無い日本だったのにと。昨今の教育現場の劣化は薩長藩閥政治のためと改めて思うが言い過ぎか?ま、金足農ナインの健闘は称えたい。
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