2018年05月17日

放懐

何とはなく師と仰ぐ松村介石先生の本《放懐》(大正14年4月刊行)に目を通していたら、【水魚】と題した項にまさに歴史は繰り返すのそのままにこんな各々時に応じ、物に遇して、我懐を放ちたるまさにこれを《放懐》とした記事が目に止まった。概略記してみると、・・・斯くして米は真面目に二枚舌を吐き、露は狡猾に両面を装ひ、他列強も亦た皆虎狼たるを免れず、是れ我外廓の光景なり。然而して顧みて之を内に見んか。今や国家危急の際に當るも、いまだ国民に自覚なく、功臣は老いて得るを思ひ、志士は疲れて妥協を念じ、文武は私に争ふて公に殉せず、商工は己に局して國に及ばず、世に教えなく、人に道なく、頽波滔々として、将に土崩瓦解の状態に陥らんとす。我に聖人の資なくとも豈発奮の情なからんや。我に英雄の格なくとも、豈回らんの志なしとせんや。(注、らんは欄間の欄をサンズイにして、逆捲く大波の意)云々。
この後世界大戦に突入するんですが、また歴史は繰り返すのだろうか。核戦争となれば地球は終わりだ。それを一番よく解っているのが日本の筈なんだが、如何。若者に核武装すべきだと真面目に言う者あり、それも高学歴の若者達。憂国の思いは募るばかりの昨今です。
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posted by wh_meary at 22:34| 福島 ☁| Comment(0) |  黒森便り〈ブログ版) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月01日

鯉のぼり

5月と言えば鯉のぼりだと思うのですが、みなさんは童謡として歌われる《コイノボリ》にふたつあるのはご存知でしょうか?高齢の私の世代であれば誰でも歌った覚えがあって別に改めて考える事もないでしょうが、どうやら若い人たちにとっては「えっ?」のようです。それは漢字表記の『鯉のぼり』とひらがな評記の『こいのぼり』のふたつなんですが、その初出は前者が大正二年、後者が昭和6年その差は18年ですがいずれも旧かな使いの時代の代物なんですが、何故か前者が絶滅危惧唱歌なんです。歌詞が前者は難しい漢字交じりで、後者がひらがな表記だからかなと思うが元来がその出自から言えば前者は尋常小学唱歌5学年用につくられたもので、後者は幼稚園児向きに作詞公募されたもの、当たり前なのだ。これはセットで歌われて意味があると思うのは私だけだろうか?思うに前者を切り捨てた風潮というか教育現場が現在のパワハラ、セクハラを起こしていると。と言う事は、前者の3番、《百瀬の滝を登りなば たちまち龍になりぬべき わが身に似よや男子(おのこご)と 空に躍るや鯉のぼり》を胸を張って子供たちに歌える大人がいない証を露呈していると。私としては、いずれも5月の子供の日の名曲として継承すべきと願う。


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2018年03月21日

今の日本の政治家の体たらくは誰が原因か?

最上の指導者
道(タオ)と指導者のことを話そうか。いちばん上等なリーダーってのは自分の働きを人びとに知らさなかった。人びとはただそんなリーダーがいるとだけ知っていた。その次のリーダーは人びとに親しみ、褒めたたえられ、愛された。ところが次の時代になると人びとに恐れられるリーダーが出てきた。さらに次の代になると、人びとに侮られる人間がリーダーになった。ちょうど今の政治家みたいにね。
人の頭に立つ人間は、下の者を信じなくなると、言葉や規則ばかり作って、それでゴリ押しするようになる。
最上のリーダーはね 治めることに成功したら、あとは退いて静かにしている。すると下の人たちは、ハッピーな暮らしを「おれたちが自分で作りあげたんだ」と思う。これがタオの自然にもとづく政治であり、これは会社でも家庭でも同じように通じることなんだよ。
老子の言葉をこんな風に現代詩、創造詩に全訳した加島祥造さん《タオ》から引用しました。日本の政治家は勿論、世界の政治家、アメリカ、ロシア、特に老子本家の中国の指導者○○氏には心して欲しく思いますね。
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posted by wh_meary at 10:27| 福島 ☁| Comment(0) |  黒森便り〈ブログ版) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

3月3日は桃の節句

この日はお雛様を飾って女子の健やかな成長を祈願して祝う日に思うが、何故か祝日でありながら旗日ではない。一方の5月5日は端午の節句、鯉のぼりをあげるなどして男子の健やかな成長を祈願する祝日で、こちらは子供の日と称して旗日である。と言う事は国を挙げて祝うわけで、何か可笑しかないかな。そんな不満があったのか、何故か野口雨情の歌《赤い靴》のモデルと定説で言われている実在した9歳で亡くなった岩崎きみちゃんが「今の大人の男性には福島の復興、これからの日本、世界を任せられないわ。子供の意見も聞いて欲しいわ。特に私たち女の子がとても不幸な世の中になっているわ。ねえ、おねがい、力になって欲しいの。」と言って私の夢枕に立ってから、それが私に課せられた天命なのか、考えたことも無かった市長選挙に子供の教育に異議ありと訴えて立て続けに3度も出馬するなどがあって、その間、子供向けに白河の歴史をバックにしたファンタジックな物語本をこちらも6冊自費出版して、子供の教育の大事さを訴え続け、年齢的にもこれが最後となるだろう完結編となる【白河編】をこの3月3日に発刊する事ができた。
私の場合不思議の縁が繋がって繋がって、促されるように都合7冊もの自費出版本の発刊となりました。いずれも私が白河で暮らす中での出来事がストーリーに組み込まれていますので、私にとっては自叙伝みたいにも思うが、きみちゃんはそれでいいのよと言ってくれます。そうだよねと、私も同調して、この完結編は、戦禍の中、楽しく、明るく、元気に、青春を謳歌した15歳の乙女達を描き切ったかなあと、ぜひ沢山の子供たちに読んで欲しく思います。
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posted by wh_meary at 21:09| 福島 ☁| Comment(0) |  黒森便り〈ブログ版) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月15日

命の尊厳

〈命の尊厳〉と言う言葉はもう死語なのだろうか?犯罪にしろ事故にしろ、或いは自然災害にしろテロにしろ簡単に人の命がこの世から消え失せる。そんな日常が当たり前に感傷のかけらもなく淡々と報道されている事に多くの人が何の違和感もなく聞き流しているように思えるが、そう感じる私が異常なのか?私は世間が異常だと憂えている。その原因を日々色々考えて居る。テレビしかり、スマホしかり、思うに活字離れが、人に想像力が欠落しての現況だと、そんな結論を得た。
今朝、NHKの【急増イノシシ駆除後発酵、分量減の実証実験】なるタイトルのニュースを見て、改めてその思い感じた。〈命の尊厳〉と言えば、活字文化では人の命に限らない。生きとし生けるもの全てに尊厳はあるだろうと想像される。淡々と話すアナウンサーの内容は、東京電力福島第一原発事故後、捕獲数が急増するイノシシの処理方法が課題として、駆除後(福島県内の捕獲数は昨年度は約2万6千頭、事故前の7倍。よって駆除後の埋設場所が足りず、焼却炉に入れるには解体の負担が大きすぎる)のイノシシを発酵させて分量を減らす実証実験を報道陣に公開というもの。結果、発酵後57キロのイノシシは1週間で38キロに、25キロだったのは3週間後には12キロにまで減り、職員がスコップで簡単に切断できたと。
スコップですか、ああああああああ!哀れイノシシ。25キロと言えば子供のイノシシだよね。
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posted by wh_meary at 12:04| 福島 ☁| Comment(0) |  黒森便り〈ブログ版) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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